介護福祉現場を地元産ガウンで支える「STOP!コロナクラスター」プロジェクト
要約
広島県福山市の脳神経センター大田記念病院では2020年1月末頃から不足し始めた個人防護具(PPE)を調達するために、地縁を頼りにオリジナルマスクの製作に着手。法人職員や地元企業の協力を得て、市内や県内に納品できるオリジナルマスクを完成させ、「無いものは作る」という成功体験を得た。
4月に入ると各地でクラスター発生の知らせが報じられるようになる。市内でのクラスター発生への危機感から、特に介護現場の感染症対策を充実させることが結果的に医療崩壊を防ぐ防波堤になるという認識が強まっていった。しかし、介護現場は大きな感染症の脅威にさらされた経験は乏しく、十分な感染症対策ができていないという課題があった。
これらの背景から、大田記念病院はじめ市内の様々な団体や企業が協力し、地域活動に取り組む認定NPO法人福山シンフォニーオーケストラやNPO法人えがおのまちづくりステッキなどが主体となってクラウドファンディングによる資金調達を行い、介護現場へ必要な知識と必要な物資の一つである地元産プラスチックガウンを提供するプロジェクトが開始された。
現在、実際に運用された実績はないが、市内6カ所の介護施設にコロナクラスター備蓄用ガウンが分散備蓄され、有事の際は集中投下される仕組みができている。加えて、介護福祉関係者向けにガウンの着脱研修を行うなど、地域を巻き込んだ感染症対策の活動に発展している。
- 広島県福山市
- 医師会
- 歯科医師会
- 社会福祉協議会
- クラスタ―発生
- クラウドファンディング
- ガウン備蓄
- ガウン着脱研修
- 地元企業と協力
- 感染対策研修
詳細
インタビュー実施日:2021年1月4日
目次
- 医療関係者,
- 地域医療関係者,
- 在宅介護事業者,
- 介護施設管理者,
- 職能団体関係者,
- 自治体担当者,
- 社会福祉協議会関係者,
- NPO法人関係者
(ふくやま大道芸実行委員会)
TEL:080-5759-2360
info@fukuyama-daidogei.com
NPO法人 えがおのまちづくりステッキ 代表理事猪原 健 さん
官民地元が一体的に進めた一大プロジェクト
2020年1月末頃から新型コロナウイルス感染症が広がる中、世間一般はもちろん医療機関でもマスクなどの供給が滞るようになり、多くの医療機関で危機感が強まっていった。広島県福山市にある社会医療法人祥和会脳神経センター大田記念病院(以下:大田記念病院)もその一つだ。大田記念病院では、地元企業などを巻き込んだオリジナルマスクの製作や、手作りフェイスシールドの発信といった取り組みがメディアでも取り上げられ、「無いものは作る」という成功体験を得ていた。この成功体験が、その後様々な関係者を巻き込み、市内の介護福祉障がい事業所に対する感染症予防対策として、クラウドファンディングを活用した資金調達、地元産プラスチックガウンの備蓄やガウンの着脱研修といった一大プロジェクトに発展していくことになる。今回、このプロジェクトについて大田記念病院の大田章子さんと、歯科医師でNPO法人えがおのまちづくりステッキ代表理事の猪原健さんに話を伺った。
成功体験「無いものは作る」
まず、大田記念病院の「無いものは作る」プロジェクトの成功体験について大田さんに伺った。
「マスクが2020年の1月末くらいから無くなってしまって、私もキッチンペーパーでマスクを作ってみたりしてたんです。そんな時に理事長が『無いものは作ろう』と言ったことが取り組みのきっかけでした」と大田さんは振り返る。「現場スタッフもマスクを作って欲しいと言う希望があり、「やりましょう」と牽引してくれる看護師さんもいました。現場のスタッフが喜んでくれたことが大きいです」と、現場からもマスクの確保が切望されていたようだ。
幸いなことに、地元の縁から滅菌のオペ用の布が手に入ることになり、スタッフがマスクの「型」を作成、新型コロナウイルスの影響を受けて稼働が低下していた地元の自動車部品メーカーに型抜きを依頼して製作が実現した。しかも当時マスクが高騰していた為、市場のものより1枚単価が安くなったそうだ。この取り組みはメディアでも取り上げられ、オリジナルマスクは市内・県内の医療機関などに納品され、4月には30万枚、5月末までに160万枚出荷されたと言う。現場の最前線ではサージカルマスクを使用し、バックオフィスなどでオリジナルマスクを使用することで、サージカルマスクの節約につながったそうだ。
「これが成功体験になってフェイスシールドを作ることになったんです。皆で100円ショップへ行って、作ってみました。この作り方をSNSに掲載したら、各地の事業者が取り入れて作成したみたいです」と大田さんは手作りフェイスシールドの成功体験についても話してくれた。
こうして、「無いものは作る」と始めた個人防護具の製作から、地元企業や関係者の協力体制が生まれ、オリジナルプラスチックガウン製作プロジェクトの下地が整っていった。
クラスターの危機感とプロジェクトの構想
2020年4月に広島県内の他市において、訪問介護やデイサービスの利用者や関係者間でクラスターが発生した。身近な地域における介護現場のクラスター発生の知らせは、大田さんたちに強い危機感を与えた。「私たちの法人も介護事業をしているので、このままでは介護現場のクラスター感染は避けられないという話になりました。系列の介護事業所は病院から介入をして感染症対策の指導をしたりしましたが、現場の声からは、他の介護事業者は感染症に対する十分な経験や備えやがないことが見えてきました」と大田さんは言う。大田記念病院に週1回勤務している猪原さんは、そうした課題意識を大田さんと頻繁に共有していたそうだ。
訪問歯科をしている猪原さんは「自分たちも訪問する中で感染を媒介してはいけないと考えていました。介護現場でのクラスター発生は、地域の医療資源を消耗させて医療崩壊につながります。これを防ぐために何をすれば良いかと考えました。介護現場は人手がない、感染症への経験がない、物資購入の資金が無いということで、ガウンとその使い方を提供しようということになりました」と、プロジェクトの構想が固まるまでを振り返る。
ガウンに絞ったことについて猪原さんは「マスクや手袋、フェイスシールドは市場にも出回っていて、一般の方も使っていました。でもガウンは医療機関など限定で使われていてそんなに出回っていません。大阪で雨合羽をガウン代わりに集めているという話を知って、ガウンが不足することが想定されて危機感を抱きました」と言う。また、福山市が個人防護具や消毒液の在庫について調査をした際、ガウンが足りているかどうかも調査に入れるよう依頼をしたそうだ。その結果、やはりガウンが全く足りていないということがわかった。
これに加え、実際にガウンの流通が減ってくる中で、福山市出身で都内の感染症指定医療機関に勤務する医師から、ガウン不足が逼迫しており、地元の力で生産ができないかと照会があったこともきっかけの一つだそうだ。地元のポリエチレンフィルム製造メーカー、プレス加工工場など、地元の縁を結集して製造プロセスを模索していったと言う。
さて、プロジェクトの構想が固まってきた段階で、次に必要になってくるのは資金だ。行政から予算を出してもらうことを模索したが、スピード感も重要になってくる。紆余曲折を経た結果、クラウドファンディングで資金を集めることになった。猪原さんは医療的ケア児を支援するNPO法人えがおのまちづくりステッキ(本プロジェクトの事務局)で代表理事を務めており、そこで過去にクラウドファンディングを実施した経験があったことも大きかったようだ。
プロジェクトの座組とクラウドファンディング
ここからはプロジェクトの座組やプロセスについて資料やお二人のお話を踏まえながら見ていこう。
まずクラウドファンディングの仕組みについて予備知識を入れておきたい。ご存知の方も多いと思うが、クラウドファンディングは主にインターネットなどを通じて、不特定多数の人が、組織団体や個人、プロジェクトに対して資金や協力を寄付する仕組みである。このクラウドファンディングは、一般的に出資してくれたことに対して何らかの返礼を設けることになっている。
また、例えば資金調達を求める側が最初に設定した目標金額に到達しなければ、出資金を受け取れないという仕組みもある。しかし、公的な性格が強い取り組みなどに対しては上記の一般論を適用せずに、期間内で出資された金額を受け取れる“オールイン”と言う方法がある。今回、本プロジェクトはそうした公的性格が強いものとして、様々な縁を頼りながら、オールインで始動できることになったそうだ。
ただ、ここで課題が浮かび上がってきた。オールインの条件に「認定NPO法人」が必要ということだ。認定NPO法人は、単なるNPO法人よりも更に高い基準で公益性が認められている法人である。今回のプロジェクトの為に設立した団体ではなく、以前から地域で公的的な活動をしている法人を探した結果、福山で唯一の認定NPO法人である『福山シンフォニーオーケストラ』の協力を得ることができたそうだ。福山シンフォニーオーケストラは、広く一般市民に対し,学校・福祉施設・病院・図書館・企業等からの要望で行う依頼演奏会など,日常生活の中にクラシック音楽を提供して,広く地域の中で,音楽芸術の普及と向上のために積極的な活動を展開しており,福山のまちづくりに貢献することを目的とした活動を行なっている。
理事長を務める松岡巌さんは長年福山の周産期医療に貢献した医師であった。そしてこの法人の活動内容には「保健・医療・福祉」も含まれることから、本プロジェクトの実施主体としての条件に見事に合致していたのだ。更に巡り合わせの縁を感じさせるのは「実は松岡先生は私が生まれた時に、私を取り上げてくださった先生だったんですよ。」と猪原さんが言うように、なんと、猪原さんと松岡さんは新生児とその赤ちゃんをお産で取り上げてくれた先生という関係だったのだ。こうした猪原さんとのご縁もあり、クラウドファンディングによる本プロジェクトが本格的に進められることになった。
プロジェクトの根幹である資金調達を進める一方で、プロジェクトチームは福山市医師会や広島県歯科医師会、広島県福山市社会福祉協議会、など市内県内の様々な団体への協力を呼びかけ、後援を得ることに取り組んでいた。
地元に関わる多くの人たちが、様々な努力と交渉、奇縁妙縁含めてこのプロジェクトに集っていったというストーリーだが、もしかしたらこのきっかけや縁の種はどの地域にも眠っていることなのかもしれない。そんな一つの成功事例としてこのプロジェクトはたくさんの学びを私たちに与えてくれている。
プロジェクトの開始から結果まで
本プロジェクトは当初、市内の半数の事業所にコロナが発生した場合に使用する1か月分のガウンを配布して、着脱練習もその中からしてもらう、という内容でスタートした。
クラウドファンディングの開始は2020年5月で締め切りは6月だ。この期間の目標金額は1500万円。結果は60%の887万円程度だった。クラウドファンディングの仕様上、この寄付が入金されたのは秋頃だったという。
大田さんは「200人以上の方に寄付をいただきました。少し目標に届かなかったこともありますが、春から秋にかけて、コロナのフェーズがどんどん変わっていって、最初に想定していた取り組みが本当に正しいのかなという意見が、プロジェクトメンバーからも出てきました。」と短期間でコロナを取り巻く情勢が変わってきたことを振り返る。「そもそも事業所ごとに必要数が違いますし、最初に一気にガウンをすべての事業所に配るよりも、ガウン着脱の練習・教育をメインにお伝えしていこうと。そして、クラスターが発生した事業所が出たら、そこに集中投下した方が現実的だということで、プロジェクトの方向性が修正されました。」とプロジェクトの修正過程を打ち明けてくれた。
猪原さんは「介護福祉、障害者福祉、子供も生活困窮も含めて、事業所に50枚ずつガウンを配りました。送り先は公開されている市内の事業所情報をみて送りました。いくつか事業を持っているような複合的なところには一箇所の事業所として送りました」と、地道に市内の公開情報を元に、猪原さんらがガウンを事業者に送ったことを話してくれた。
この市内485箇所の事業所に送った50枚のガウンについては裏話があると猪原さんは言う。「実は、送り元は事務局である私のところなんですが、送った段ボール自体には何も書かれていなくて、送り状に見たことも聞いたこともないNPOの名前で、ガウン在中とあったわけです。これでは受け取った事業所さんは不審に思いますよね。結果、送りつけ詐欺ではないかと疑った事業者さんから電話がかかってきたんですよ。20件近くでした。行政から発送する旨一報を入れてもらうなど対応を考えればよかったです。箱を開ければわかるように紙をいれてあったんですが、開けてしまったら請求されると懸念した事業者からの問い合わせというわけです。想定外でしたが、結果このプロジェクトについて、生の声を伝えられて“安心した”という声も得られました」と、笑いながら振り返る。有事の際の詐欺まがいの行為がある中では、確かにいきなり見ず知らずのところからガウンが届いたら不審だろう。受け取る側の心境を考えたら当然だが、こうしたハプニングもスピード重視のプロジェクトならではであろう。
そして、箱の中に入れてあった紙というのが下記のお知らせである。「これはあくまでも備蓄ではなく、職員の着脱練習用のガウンです、という形で配り、開封して練習することを勧めました。YouTubeで見られる研修動画のリンクも入れましたし、11月に行う医師会主催の実技練習会の案内も入れました。」と猪原さんは言う。送ったガウンの趣旨と、着脱講習会や動画の案内、そして、いざという時の備蓄が市内6箇所に分散されていることが一枚にまとめられているものだ。
そして、2020年11月20日には、福山市医師会講堂にて、介護福祉事業者を対象とした感染対策研修会でガウンの着脱練習が開催された。「第三波と呼ばれる流行前に研修ができたのは奇跡的でした」と大田さんは振り返る。
最終的に福山市社会福祉協議会が災害支援の備蓄として、約1万枚のガウンを市内6箇所の介護施設に分散して備蓄することになった。そしてクラスターが発生した際、この備蓄から必要なガウンを貰いに行けるという形になっている。保健所と福山市社会福祉協議会が情報共有などで連携し、実際に動くことを確認してくれているという。
このように半年以上にわたるプロジェクトは、ガウンの着脱講習を含む感染症研修会や動画によって市内の介護福祉事業所へ知識と経験を届けることができた。そして、有事の際には市内の6箇所に1万枚以上のガウンの備蓄ができることになった。地域の企業や団体や組織を巻き込んだプロジェクトの着地については、本記事最下部『参考』に本プロジェクトのクラウドファンディング報告ページや報告書という形でも掲載しているので、確認してほしい。
プロジェクトから得られたこと
今回の一連のプロジェクトについて、お二人に振り返ってみての感想を伺った。
「うちの病院の気質的なところはあるかもしれませんが、自分たちが失敗しても取り組むということを大事にしています。だから、個人的には色々な人とつながりながら、このスキームができたこと自体に感動しています。例えば終盤に福山市社協さんが備蓄体制を作ることに相当動いてくれましたし。自分はやっていて、これは地域包括ケアシステムの究極形なのではないかと感じました。医療介護福祉だけでなく、青年会議所やものづくりの方々も協力してくださっているので。そうしたところまで連携して、県内でこれを作れたということは地域包括ケアシステムだと実感しましたね」と大田さんは力強く話してくれた。地域の複数名の方からガウン備蓄や研修会への感謝のメールが届いたことからも、色々なネットワークの広がりを感じたという。他にも、医師会などで、介護の現状や本プロジェクトの重要性を伝えてくれる医師の存在など、多様な人たちがそれぞれの存在や立場に触れる機会になったという。
猪原さんは「まずは自分のクリニックのスタッフにとってすごく良かったと思います。自分たちが現状の問題を捉えて、 “講習会で介護の人たちに伝えられるように、自分たちができるようにならなくっちゃ”と自主練習会をするようになっていました。私が言わなくても、主体的に自分たちで行動するようになったと思います。運営するNPO的には、行政に色々な動きをしていることを知ってもらえて、今後も連携できる可能性が広がったと思います。色々な人との繋がりが今回の推進力になりました。今は無理でもコロナが落ち着いたら飲みニケーションしましょう、とか話してます」と地域の人との繋がりが深まったことを笑顔で語ってくれた。
また、幸いなことに、福山市内ではまだ大きなクラスターは起きておらず、備蓄されたガウンが使用された実績はない。大田さんは、今後はこの仕組みが実際に混乱なく運用されていくことを期待しているという。
取り組みを伺って
福山市内で半年以上にわたって取り組まれた一連のプロジェクトは、地元に点在している様々な人や団体、組織の不安や気概が少しずつ線として繋がり、やがて多くの人を巻き込んで発展していきました。大田さんの言葉にあるように、これが地域包括ケアシステムの一つの在り方なのかもしれないと思わせていただける事例でした。
医療の立場から、感染症に対する介護現場の弱点を守ろうと立ち上がり、プロジェクトを進められたことは、日頃の医療介護福祉の連携や、それぞれの団体の地道な地域活動が基盤としてあったことが感じられます。この取り組みを通じて、より一層地域の連帯が深まり、今後また福山市内で何か新たな危機が迫った際は、この地縁が必ずまた力になるであろうことが伺えます。
そして、クラウドファンディングという現代的な資金調達方法を活用したことも、新しい時代の取り組みとして特筆すべきことと思います。どんな取り組みも資金調達が障害となることは少なくありません。今後はこうしたやり方も参考に、各地域での取り組みに活用してはいかがでしょうか。
■参考 クラウドファンディングREADYFOR 『緊急支援:介護現場に広島産ガウンを #介護を守り医療を守る〜コロナから地域を守る!オール福山プロジェクト〜』ページ https://readyfor.jp/projects/ppefukuyama
認定NPO法人福山シンフォニーオーケストラ ホームページ https://sites.google.com/site/fukuyamasymphonyorchestra/index
NPO法人えがおのまちづくりステッキ https://congrant.com/project/egaonomatizukurisutekki/935
他大田様、猪原様ご提供資料 ・全日病ニュース 2020.6.1 No.64 ・プロジェクト案内 ・プロジェクト報告書 ・全日病協会提出資料「無いものは作る」」当院のPPE開発プロジェクト・STOP!コロナクラスター 〜介護を守り、医療を守る〜 コロナから地域を守る オール福山の取り組み・医療崩壊を防ぐため介護現場にも防護具を!新型コロナウイルス感染症による 介護クラスター発生予防へのオール福山の取り組み
インタビュー担当:堀田 聰子
記事担当:金山 峰之