三重県 介護保険施設等における感染症発生時の職員派遣
要約
2020年春の緊急事態宣言下で各地のクラスター情報が飛び交う中、三重県内介護保険施設等でのクラスター発生時の対策として、介護保険施設等職員を相互に応援派遣できる体制づくりが模索された。他県の取組などを参考に、三重県と協議を重ねた結果、三重県、三重県老人保健施設協会、三重県老人福祉施設協会にて、『感染症発生時における職員の派遣に関する覚書』の締結に至る。
覚書を機に、全国でも比較的早期に相互応援派遣の仕組みづくりに取り掛かった。県内の協会会員施設等に有事の際に職員を派遣する候補者名簿への登録を呼びかけ、約110人が登録。派遣実績はまだ無いものの、現在も幅広く候補者登録の呼びかけを継続している。
感染症発生施設へ派遣される職員や派遣元の施設等の安心安全を確保するために、傷害保険による補償体制を整備することで、労災以外の備えを用意した。また応援期間中の宿泊協力施設を県に確保してもらうなど、備えうることを進めて応援派遣体制を強化する取り組みとなっている。
- 三重県
- 老人保健施設協会
- 老人福祉施設協会
- クラスタ―発生
- 相互応援
- 職員派遣
- 派遣協定
- 応援先事業種別問わず
- 職員派遣の傷害保険
- 宿泊施設確保
詳細
インタビュー実施日:2020年12月29日
目次
- 介護施設管理者,
- 介護施設担当者,
- 介護団体関係者,
- 自治体担当者
TEL:059-245-6677
mieroken@clear.ocn.ne.jp
2020年7月28日 締結された覚書
三重県では2020年7月28日に三重県の鈴木英敬知事、三重県老人保健施設協会の東憲太郎会長、三重県老人福祉施設協会の近藤辰比古会長の連名で『感染症発生時における職員の派遣に関する覚書』が締結された。介護施設等における感染症発生時に、介護施設の職員を相互に応援派遣し合う体制構築は、現在各都道府県に広がったが、三重県の取り組みは全国でも比較的早期に着手されたものと言われる。今回、その体制構築について三重県老人保健施設協会事務局の小野昌宏さんに話を伺った。
2020年4月 募る危機感
三重県老人保健施設協会(以下:三老健)は三重県内の71の介護老人保健施設のうち67施設が加盟している地域業界団体だ。全国老人保健施設協会(全老健)が算出している各都道府県の平均加盟率よりも多い加盟率を誇っている。例年は研修会をほぼ毎月開催しており、機関誌の発行や年に一回の三重県老人保健施設大会を開催するなど、会員施設に対する情報提供や質の向上を応援している。そんな三老健が全国でも比較的早い段階から相互応援派遣体制の構築に着手したのはなぜだろうか。
小野さんは「日本各地で大規模なクラスターが起きてしまい、今後県内の施設でもクラスターが発生して多くの人が感染する可能性について不安が募っていきました。知識や経験もない中でどのような対応を取るべきか、ということが話し合われました」と当時の協会内外で広がっていた危機感について語ってくれた。
そんな中で東会長が「県内だけではなく、もっと全国的な大きなところを視野に入れて、相互に応援をできるような体制をやっていかなければならない」と力強い言葉を発したことが、体制構築への大きな第一歩になったという。
「会長は当初から、範囲は会員施設だけではなく、全ての介護事業所に幅広く参加いただけるような方向にしないといけないという考え方だった」と、比較的連携しやすい身内から順次連携していくことが現実的と考えていた小野さんに対して、東会長は一段広い視野でこの体制構築を捉えていたことに小野さんは驚いたようだ。相互応援派遣体制は一般的に登録をしている施設同士での協力が想定されるが、東会長は「そんなのはおかしい。介護業界で全体として何かあった時には相互に助け合えるようになっていないといけない」と会員や登録施設などに限定した考えを否定し、介護業界全体の相互応援協力体制を実現することを強く訴えていたという。
初めての全国緊急事態宣言下、新型コロナウイルスに対する不安と危機感が漠然と広がる中、東会長の強いリーダーシップにより、三老健は三重県と具体的な取り組み構築に向けて協議を始めていくことになった。
2020年5月 三重県の積極的な協力姿勢
三重県との協議を始める段階で具体的な構想があったのかと尋ねると、小野さんは話し合いを始める当初の段階では、そこまで具体的な構想があったわけではなかったという。しかし、日頃連携をとっている県の担当部署に相談をした際に、県側が前向きな協力姿勢を示してくれたことにより、その後の取り組みについて、県と同じ方向を見ながら進んでいける実感をつかんだようだ。
「三重県に相談に行ったのはゴールデンウィークが終わった5月中でした。日頃やり取りしている医療保健部の長寿介護課という部署があるので、まずそこに聞いてみようということになりました。相互に応援できるような体制、仕組みが必要だと考える。力を貸して欲しい。行政が中心になって欲しいと話を持って行きました。」この申し出に対して三重県側も「行政も何かをやらなければと思っていました」と積極的に協力していく姿勢を示し、相互応援協力体制の構築に向けて前向きに進めていくことを約束してくれたという。
実際行政があまり協力的ではない地域もあるという話が一部聞かれる中、「三重県は本当にありがたいなと、その時はつくづく思いました」と、三重県側の積極的な姿勢について小野さんは振り返る。
こうした小野さんの言葉からは、新型コロナウイルスという未知の感染症を前に、日頃の担当者レベルでの密な連携や関係性の強さが有事の際に形として現れるということが伺えた。
2020年5月 大きな力となった山梨県の取り組み
三重県内の相互応援協力体制の構築については、とても頼もしい先駆事例があった。
「山梨県さんの取り組みについて、もうこれ以上必要なものはないと思うぐらいのQ&Aや書式だったので参考にさせて頂きました。これが非常にわかりやすくて、この短期間によくここまで作られたなという感想でした。」と小野さんはいう。実は山梨県では県と山梨県老人福祉施設協会と山梨県老人保健施設協会が2020年4月30日の段階で「感染症発生時における職員の派遣に関する覚書」を締結しており、5月の段階で必要なQ&Aや書式が整備され、全国に先駆けた体制構築の歩みを進めていた。
三重県と三老健で「何かしなくては」と始めた話し合いの中で、山梨県のような先駆的取り組みを知り、そうした事例に学びながら、時に県同士で連絡を取るなどして、具体的な検討を進めていったという。そして、ある程度固まった時点で三重県老人福祉施設協会(以下:三重県老施協)に連絡をして、一緒に進めていくことになったそうだ。
誰も経験したことがないような未曾有の事態の中で、全国に先駆けて具体的な取り組みを形にした山梨県の関係者のアクションは、こうして次に続く他地域のアクションを後押しする大きな力となっていることが伺える。有事の際は、こうした横のつながりを広げて、必要と考えられる情報や取り組みをどんどん共有していくことが大切と言えるだろう。
感染症発生時の職員派遣体制について
次に相互応援派遣体制の流れについて、覚書や派遣元・派遣先施設同士で交わす協定書、小野さんの言葉などから具体的に見ていきたい。
まず三老健と三重県老施協内の会員施設等から、有事の際に感染施設へ派遣できる職員を『派遣職員候補者名簿』に登録する。(『候補者名簿』については後で詳しく触れる)
そして、いざ県内の介護保険施設等で感染症が広がり、施設や法人内の人員だけでは対応が困難になった場合、当該感染症発生施設は、三重県に応援職員の派遣依頼を行う。次に三重県は三老健と三重県老施協に協議の依頼を行う。両協会は候補者名簿に基づいて、県内の地域区分けに基づいて感染症発生施設に近い施設を基本に、派遣の協議を打診する。この時、三重県と両協会や派遣元施設や派遣先施設などと状況を総合的に相談しながら進めていく予定になっているそうだ。
協議の結果、派遣職員が決まると両協会から三重県を通じて感染症発生施設へ派遣の決定が知らされる。その後、派遣元と派遣先の施設で「派遣協定」を締結し、職員が派遣されるという仕組みだ。
派遣協定には双方の施設の責任の所在や派遣職員の労働条件が、万が一の際の補償についての条項は覚書に記載されている。また派遣協定には「派遣職員の同意」という文言もあり、派遣職員の意思も十分に尊重する協定となっていることが伺える。他にも例えば、応援職員は原則レッドゾーンの対応はせずに、派遣先施設の職員に協力することになっている。しかし、場合によっては濃厚接触者等の対応もありうる。派遣先が記載する派遣依頼書に感染者等を介護する可能性の有無についてチェックをする欄があるが、もし「有」の時には、応援職員の同意を得るようにしているという具合だ。
職員派遣がより安心できるための取り組み
この相互応援派遣体制における特徴を小野さんは3つ挙げた。
一つ目は応援職員の傷害保険についてだ。「応援に行った職員が感染して、最悪の場合亡くなるという最悪のシナリオもあります。その時は労災だけで良いのか。各施設がそれぞれ労災以外に保険に入られていたとして、片や1億円、片や1000万円の補償というのはおかしい。補償額をいくらにしなければならないという決まりはないが、『不公平があってはいけない。十分と思われるところまでできていないといけない』と東会長は当初から強くおっしゃってみえました。しかし、当初なかなか保険会社で引き受けてくれるところがなかったんです。」と派遣職員の使命感に報いるための補償体制を構築したいという思いがあったものの、その実現が難しかったことについて語ってくれた。
そして「厚労省もだと思いますが、保険会社に継続的に働きかけて頂いて、全老健の会員(正会員施設および同一法人が営む居宅介護事業所等)さんは共済会に申し込むことによって手続きが進んでいくことになったんです。全老健以外のところから派遣されていく場合もあるので、補償額の基準等を示す等、派遣職員を応援していただける形が整えられました。保険に関しては大事なところだと考えています。」と派遣職員の補償を構築するまでの経緯を語ってくれた。
二つ目の特徴は、応援職員の応援期間中と応援終了後の健康観察期間中の宿泊協力施設の確保についてだ。
いざ応援派遣がなされたとして、派遣職員は感染リスクが高い場所で勤務することになる。その期間中と、派遣期間が終わった後に、派遣元の自分の職場へ復帰するまでの健康観察期間中に宿泊する施設を三重県が紹介してくれるということだ。「ここも当初から三重県さんに相談をしていて、宿泊協力施設を継続的に探していただきました。そして、県内の各地域にちょうどよくバラけた立地で12のホテルが協力いただけることになったと、三重県さんから情報提供をいただいています」と三重県側の協力について明かしてくれた。
そして、三つ目は先述した「応援先の業態を問わないということです」と小野さんは力強く語ってくれた。
このように、応援派遣体制の形を作っただけでなく、それぞれの関係者がより安心安全に応援派遣が実行されるように、宿泊協力施設を確保したり、応援先の業態を問わないという特徴的な取り組みを含めて体制を整えたということだ。
派遣職員候補者名簿登録の呼びかけ
さて、ここまで細やかな体制を整備していった大きな理由は、肝心要の「派遣職員候補者名簿」登録へのハードルを下げることが一つ大きいだろう。
この「派遣職員候補者名簿」は各施設が自施設の職員を有事の際に派遣する候補者として「派遣職員候補者登録申請書」に必要事項を記載し、三老健や三重県老施協へ提出申請して登録される形になっている。
こうして各施設から申請されてきた候補者が一覧となった名簿が下記の「派遣職員候補者名簿(例)」である。その時点での候補者数がわかるようになっている。
さて、この候補者数であるが、ヒアリングをした時点で三老健の会員施設67のうち、31施設から38人の登録があり、三重県老施協側の約70名と合わせて110人前後の登録数だそうだ。使命感が高い仕事とは言え、派遣職員の感染リスクや貴重な人員を応援に出す施設側の心理的抵抗は少なくないはずだ。こうした中、小野さんたちはどのように登録を呼びかけたのだろうか。
小野さんは「覚書や派遣協定書、Q&Aなど、必要な書類をFAXしました。その上で、各施設の施設長、副施設長、事務長さんなどに個別に電話連絡をさせていただきました。リスクの説明や、登録したからといって必ず応援派遣しなければいけないということはないことなど、文面だけではわからないことについて、連絡をすべきだと考えました。」と小野さん自身が地道に説明を重ねて協力を呼びかけたことを明かしてくれた。
電話連絡の際の施設側の反応について尋ねると、「登録をしないといざという時応援してもらえないのか、という質問が多かったですね。」と小野さんは答えた。ここから施設側が「協力したい」という思いと、感染するリスクへの不安が入り混じった心境だったことが伺える。
小野さんは「登録者も不安はあると思います。以前から研修などで知っている方から、登録に際しての内部のお話を伺ったりすると、法人内で稟議をあげて、苦労して責任感や使命感で登録していただけている方もいるという声を聞くので、ありがたいと考えています。」と、候補者や登録をしてくれた施設に感謝の言葉を述べていた。平時から小野さんのような実務者が、広く会員施設側と連携することが重要であるということの表れだろう。
また、候補者登録名簿には、介護職だけでなく看護職も登録してくれているという。「介護職員が中心ですけど、看護師の応援もとても助かるという声がありまして。割合としては少なくて、三老健の38人のうち5人くらいですけど、これはこれで大変ありがたいです」ということだ。
体制構築の評価と今後の課題について
様々な取り組みを経て、三重県では現在の相互応援派遣体制が構築された。ただ幸いにも、まだこの仕組みが動いた実績は無い。最後にここまでの体制構築の評価と、今後の課題について小野さんに尋ねた。
候補者名簿の登録者数からは概ね評価できているようだ。「最低限はクリアできているのかなと思います。万全とは申しませんが、県内の各地域に登録者もバランスよくバラけています。いざという時はなんとか機能するだろうし、しないといけないと思います。」なんとか合格点でスタートできたと認識しつつも、次のように続けた。「しかし、会員施設の半数以上のところから登録されているわけではないので、もう少し広がった方が良いだろうし、広げていかなければいけないと思います。三重県さんも色々な機会にこの取り組みについてアナウンスして頂けているようなので、広げていきたいです」と、さらに充実した体制を目指しているようだ。
また、コロナ終息以降の災害対応などについても尋ねると、「その辺も関わってくるだろうとは思うが、実際にそれをつなげていけるかどうかは、今後の課題です」という返事が返ってきた。
取り組みの過程を伺って
三重県内では、全国でも比較的早期に感染症発生時における、職員の相互応援派遣体制が構築されました。その過程を伺う中で、有事の際におけるリーダーシップや平時の頃から実務レベルで連携や関係性を築いていくことの重要さが伺えました。また、先行事例に学び、書式など採り入れられるものは活用しつつ、宿泊協力施設の確保、業態を問わない派遣体制など、より良い体制構築を模索して形にしてきたことから学ぶべきことは多いと言えます。
また、この体制の要である派遣候補者の登録については、小野さんのような実務者が地道に電話連絡を行い、丁寧に説明を重ねて、相手の不安を払拭する努力を重ねてきたことが登録者の確保に大きく貢献したと言えるでしょう。
この体制が、今後起こりうる様々な課題に対して応用的に機能して行くことが期待されます。課題を抱えながらも、一歩ずつ前進する取り組みから多くのことが伺えました。
■その他参考資料三重県老人保健施設協会ホームページhttp://roken-mie.com/
三重県 新型コロナウイルス感染症に係る介護サービス事業所等に対するサービス継続支援事業『介護サービス事業』http://www.pref.mie.lg.jp/CHOJUS/HP/p0015500032.htm
感染症発生時における職員の派遣に関する覚書https://www.mhlw.go.jp/content/000659888.pdf
派遣協定書https://www.mhlw.go.jp/content/000659889.pdf
公益社団法人全国老人保健施設協会全老健新型コロナウイルス発症施設への職員派遣に対する傷害保険のご案内https://www.roken.co.jp/wp/wp-content/uploads/2021/02/0202_COVID19_hoken_annai.pdf
インタビュー担当:堀田 聰子・長嶺 由衣子
記事担当:金山 峰之