地域密着型サービスと行政の連携で進める「命と暮らしを守る」新型コロナ対策
要約
鹿児島県霧島市地域密着型サービス事業者連合会では、新型コロナ対策として、①感染予防事業所応援プロジェクト、②介護サービス応援職員派遣の2つを霧島市と共同で進めている。
①は、市内の地域密着型サービス事業所における感染症対策の底上げとともに、スタッフ・事業所のみで不安を抱え込まない関係づくり、感染予防対策について地域で考え取り組んでいく風土づくりを目的としており、希望事業所に霧島市地域包括ケア・ライフサポートワーカー(LSW)の認定を受けた看護師が出向き、スタッフや利用者に感染予防研修を実施している。
②は、陽性者が発生しても利用者への支援・事業所の運営を継続できるよう、陽性者が発生した事業所が市に職員派遣を依頼し、連合会が協力施設の調整を行う仕組みであり、派遣協力施設に継続的に研修を行うことで、市内の事業者間の相互理解や仲間づくりにもつなげている。
こうした取組みを支えるのは、コロナ禍でも変わることのない、高齢者の命を守り、一人ひとりの望む暮らしを本人・地域とともにつくる介護の使命感である。
- 鹿児島県霧島市
- 小規模多機能
- 地域密着型サービス
- 感染対策研修
- 出前講座
- ライフサポートワーカー
- 職員派遣
- 派遣協定
- 応援職員の研修
- 事業所アンケート
詳細
インタビュー実施日:2020年12月29日
目次
- 介護事業所管理者,
- 介護職員,
- 事業者団体関係者,
- 自治体担当者,
- 障害・児童福祉施設,
- 学校関係者
電話0995-48-8877
担当 黒岩・西
「地域サポートセンター よいどこい」
小規模多機能型居宅介護・介護予防小規模多機能型居宅介護(鹿児島県霧島市)
「共生ホーム よかあんべ」
小規模多機能型居宅介護・介護予防小規模多機能型居宅介護(鹿児島県姶良市)
霧島市地域密着型サービス事業者連合会 会長黒岩 尚文 さん
鹿児島県霧島市と姶良市で小規模多機能型居宅介護事業所を運営する株式会社浪漫の代表で、霧島市地域密着型サービス事業者連合会(以下、連合会)の会長でもある黒岩尚文さんに、霧島市の連合会として行政と共同で進める新型コロナウイルス感染症対策と、それを手がかりにした仲間づくり、さらに黒岩さんが取組む高齢者の望む暮らしを実現するための霧島市・姶良市での活動についてお話を伺った。
霧島市地域密着型サービス事業者連合会について
連合会の始まりは、2006年の介護保険法改正で小規模多機能型居宅介護が制度化されることになり、霧島市でも合併前の旧市町村単位で整備を検討したが、誰も詳しい人がおらず、みんなでまずは勉強しようとなったことにさかのぼる。そこで市、開設予定者や、地域包括支援センターの職員等で、小規模多機能型居宅介護事業所をどう作ればいいか、どうすれば利用者さんがなじみの地域での暮らしを継続できるか、など1年以上かけて毎月話し合っていった。その後、サービスは違っても目的は同じだとグループホームや認知症デイサービスなどの事業所も加わり、2011年からは霧島市地域密着型サービス事業者連合会として活動を開始した。
現在では霧島市内にある全ての地域密着型サービス事業者(2020年度は67事業所)が参加するようになり、連合会の活動を通じて市内の事業所の仲間の輪が広がり、また、霧島市からも事業展開上のパートナーとして位置づけられている。
活動予算は事業者からの会費(1事業者5,000円/年)と市からの委託費である。
連合会の活動内容
新型コロナの影響が広がる前は、チームを作って認知症の普及啓発、介護事業所の質の向上、霧島市地域包括ケア・ライフサポートワーカー(以下、LSW)養成研修、地域づくり、ボランティア育成など行っていた。介護事業所の質の向上に関する研修は、市からの委託で連合会が企画から運営まで全てを担っている。
なお、LSWは霧島市独自に養成を続けているもので、認定後は地域包括ケアシステムの構築・地域共生社会の実現に資する活動を展開している。
有事には地域の事業者同士の連携が必要だという強い思い 震災~コロナ
黒岩さんは、東日本大震災の被災地や熊本地震後に熊本県益城町に入って活動し、災害時の混乱、疲弊した現場を目の当たりにした経験から、災害時に地域の中では大きな被害を免れ安全を確保できる事業所もあるだろうから、事業所間の連携ができれば、被災した事業所の利用者やスタッフを守ることもできるのではないかと考えていた。また、そのためには日頃から顔の見える関係をつくり、ネットワークを構築しておくことの必要性を認識していた。今回のコロナで、有事に備えた地域連携の重要性の意識はさらに強まり、地域のみんなで一緒に勉強して、スタッフも、感染防御資材も、お互いに分かち合える環境を作っていこうと動き出した。
2020年9月後半~2020年度の方針決定
黒岩さんは、2020年度の連合会の活動方針を決める会議で、新型コロナはまだ収束しないという前提で、役員やリーダーを前に①互いに勉強しあえる関係をつくる、②職員派遣の仕組みをつくる、③身寄りの問題の3つを提案した。
一部の参加者からは、必要性はわかるが、今は動けないなどの消極的な声もあったが、いつ、どこの事業所・施設で陽性者が発生するかわからない中で、利用者の支援と事業所の運営を継続するためには、感染者が出る前から霧島市として仕組みを作っておく必要があることを説明し、納得してもらった。中でも以下のI感染予防事業所の応援プロジェクト、Ⅱ介護サービスの応援職員派遣の2つは、大きな柱として市と共同で活動を進めている。
Ⅰ 霧島市版 感染予防事業所応援プロジェクト
黒岩さんは、プロジェクトの意義について「感染予防策には、これをやれば完璧というものはないので、地域で考え、取り組んでいく風土をつくっていくことが大切。正しい知識が身に着けば、誹謗中傷することなくお互いに理解しあえるのではないか」と話す。
2020年4月:事業所アンケ―トの実施
プロジェクトに先駆けて、連合会では、まず事業所の現状を知るためのアンケートを実施した。その結果、看護師や保健師が在職している事業所は9割近くあるが、医療機関から離れて長い、感染症対応を専門としているわけではない等から医療職であっても不安があることが明らかとなった。また、3月以降新型コロナ関連の研修を行っていた施設は約6割、機会があれば研修に参加したいと回答した施設は約9割にのぼり、感染症対策に関する研修ニーズが極めて高いことが分かった。
2020年4~5月頃:市(連合会)で介護職員向け研修を実施することを決意
黒岩さんは、アンケート結果から介護職員向けの感染症研修が必要と考え、県や看護協会に一緒に研修体制を構築できないか打診をしつつ、まずは霧島市地域密着型サービス事業者連合会として研修を実施していこうと決意した。その頃は、新型コロナの影響で、お互いの様子が見えにくくなっていることに対する危機感が大きく、会員事業所に対して、連合会がいつでも応援や協力ができる存在であることを示したかったという。
2020年7月21日:看護師・保健師、管理者向け研修会の開催
研修は、まず事業所に在職している看護師・保健師または管理者を対象に行い、医師からは新型コロナの基礎知識についての講義を、感染管理認定看護師からは感染対策、手指消毒、実技指導を含めたPPEの説明を受けた。この研修を受講した看護師資格をもつLSWの中から10名ほど、感染予防事業所応援プロジェクトに協力してくれる人の手が挙がった。
2020年8月15日~:感染予防事業所応援プロジェクトの出前講座開始
LSWの看護師が感染予防アドバイザーとして2人1組で依頼のあった事業所に出向き、感染予防(基礎知識、手洗いや手指消毒・PPE着脱方法等)の研修を実施している。正しい知識によりスタッフの不安を軽減するだけでなく、事業所を越えて不安なことをいつでも相談できる関係づくりにも役立っている。
出前講座にはこれまで全部で10カ所、120人以上が参加しており、参加者から良い反応をもらっている。なお、講師(看護師)には、謝礼として1人3,000~5,000円/回を委託費から支払っている。
霧島市がこのような形で事業所への感染症対策研修が実施できている理由として、黒岩さんは、LSWの継続的な養成、講師となったLSWの認定を受けた看護師も、地域に密着した活動を行ってきていることを挙げる。
http://rengoukai.deca.jp/rengoukai/
Ⅱ 霧島市版 介護サービス応援職員派遣
市内事業所同士の協力関係
介護サービス応援職員派遣の趣旨は、市内の連合会会員事業所で陽性者が発生した場合に、支援要請に基づいて協力事業所から応援職員を派遣して、利用者の支援や事業所の運営の継続のために支えあうことである。派遣範囲を市内に限定したのは、やはりふだんから知っている事業所、仲間同士だからこそ協力ができると考えたためだという。
応援職員は後方支援に限定
感染者が発生した施設等の職員が濃厚接触者への対応を含む専門的な介護業務を担当し、応援職員は濃厚接触者でない利用者の見守りや話し相手、掃除・洗濯、ベッドメイキングなどの周辺業務を担当するという役割分担を明確にした。応援職員は後方支援担当としたほうが、協力職員の登録や派遣のハードルが低くなるだろうという考えもあった。
市からの派遣協力依頼と応援職員の登録
市から市内の介護事業所に対し、感染者発生時の応援職員の派遣と、協力可能な場合は応援に行けるスタッフの名簿を提出して欲しいと依頼したところ、5ヵ所ほどが派遣協力施設として応援職員を複数名登録してくれている。協力施設一覧は市と連合会が共有している。今のところ応援協力職員は全部で17~8人だが、声かけしながら少しずつでも増えていけばいいと話す。
発生事業所から市が依頼を受け連合会が派遣調整
感染者が発生して、同一法人内で可能な限り対応しても職員が不足した施設等が、霧島市に職員派遣等の支援を依頼することができる。これを受け、市が連合会に職員派遣の対応を依頼し、連合会が、協力施設に派遣協力登録事業所(責任者)リストに基づき電話等で応援職員の派遣を依頼、調整を行う流れになっている(図)。
この仕組みが有事に機能するかは、実際起こった時に走りながら考えるしかない。熊本地震に応援に入ったときは軌道にのるまで数週間かかっており、応援を派遣する日数などもやってみないとわからない。その際はまずは自分の事業所の職員を応援に出して、受け入れ先での施設や職員の動きなどの様子をみてから、他の事業所に依頼していくつもりだと話す。
■参考 01_感染症発生時における職員の派遣に関する協定書.docx02_介護施設職員派遣 様式類.xlsx03_介護施設職員派遣 派遣協定書.docx
費用負担など
介護サービス応援職員派遣については、市と連合会とで「感染症発生時における職員派遣に関する協定書」を結んでおり、派遣元施設と派遣先施設の間でも「派遣協定書(案)」を結ぶ予定。応援職員の旅費や日当は県の負担となる。また、感染発生時に自宅に帰れない職員のため、市および連合会と市内ホテルの間で「感染症発生時における宿泊施設提供の協定書」を締結している。
月1回応援職員の研修を継続
派遣要請にいつでも対応でき、そしてチームとして動けるように、応援職員を対象とした研修を月1回行っている。これまでの研修では、所属の異なる参加者同士の顔の見える関係をつくり、今不安に思っていることや準備しておきたいと思うことなどについて意見交換のグループワークを行った。
グループワークでは、「派遣先の施設では全く勝手がわからないから物品一覧やマニュアルがあるとスムーズに支援できる」「他の事業所から応援職員が派遣される可能性がある旨の文書を、事前に事業所から利用者家族やスタッフにだしておくといい」など建設的な意見が出ているので、今後取り入れていきたい。
研修のテーマは参加者みんなで決めていくことにしており、次回は感染プロジェクトチームの看護師からPPEを学ぶ予定である。
今後に向けて
災害と同じで、自分の事業所に陽性者や濃厚接触者がでて、職員が足りない、衛生材料が足りない、など困った状態になって初めて、この応援派遣が役に立つ実感がわくのだろうと思っている。連合会としては、要請があればいつでもサポートする体制を整えながら、誹謗中傷しない、相手を気遣って一緒にやっていく関係性を会員事業所とつくっていければよい。
コロナ禍でも変わらない“高齢者介護”への思い
コロナが広がり始めた頃から高齢者の暮らしはどんどん制限されて苦しくなっていくと思っていた。一方、スタッフの側も、自粛生活が続く中で、介護の当たり前の使命である利用者の「命を守る」ことと「望む暮らし」を大事にすることをどう実現していくかの間で日々葛藤があるという。
「これまでいろいろな方の看取りをしてきたが、日々、次はないかもしれない人達との今を大事にして、最後の時に「これ一緒にしましたよね、こんなことありましたよね」という物語を話したいという思いで活動してきた。だから、コロナがあっても利用者さんに何かできないかと考える。我々は集団としてサービスを提供しているが、最終的には個人対個人、目の前の利用者一人一人のために何を実現したいかだ。そこはぶれてはいけない」黒岩さんは、自らの介護への思いを語った。
表 黒岩さんたちが本人・家族・地域とともに取り組んできた活動の例
2015年~ 加治木ビューティフル作戦:認知症フレンドリーなまちづくりを目指すごみ拾いイベント |
ゴミ拾いを通じて認知症になっても安心して暮らせるまちづくりを目指すゲーム感覚のイベント(年1回・通常は150人くらいが参加)。運営推進会議が実行委員となり、うちあわせから運営まで住民参加で行う。認知症のある方が必ず入るチーム対抗で、集めたゴミの量、歩数、つながりなどでポイントを競う。コロナで中止にするか迷ったが、地域からの要望もあり、感染対策を徹底しながら、短時間で参加者を30人に限定して実施。 |
2015年~ 旅カレッジ:認知症になっても海外旅行 |
認知症に対するイメージを払拭して、ただ純粋に旅を楽しむのが当たり前の社会を目指し、参加者同士で行き先にまつわる学びを深めながら、準備期間も味わって、要介護・認知症のある方との台湾・韓国旅行を毎年実施(2020年はコロナで見送り) |
2019年~ クロネコメイト事業(ヤマト運輸) |
誰かのためにはたらきたいという思いを認知症高齢者も一緒に実現しようと、介護サービス事業所として全国で初めてヤマト運輸からDM便(メール便)の配達業務を受託。利用者が有償ボランティア(1冊当たり25円)としていきいきとはたらく。 |
2020年~ つみきプロジェクト |
建築廃材を回収して地元工業高校でカット加工、介護サービスを利用する高齢者がやすりをかけて積み木を作り、霧島市・姶良市内の保育園やこども園等にお届け。姶良市のふるさと納税返礼品としての買い上げも決定。 |
2020年~ 高校生による独居認知症高齢者の見守り |
事業所から1日3回訪問していた独居認知症の女性を、近隣の高校・医療福祉科のボランティアグループが先生と一緒に朝の訪問を交代で担当するように。訪問時の記録は即座に事業所と共有、高校生の視点がスタッフの気づきにも。 |
■参考 霧島市地域密着型サービス事業者連合会ホームページhttp://rengoukai.deca.jp/rengoukai/
霧島市地域密着型サービス事業者連合会Facebookページhttps://www.facebook.com/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E5%B8%82%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%AF%86%E7%9D%80%E5%9E%8B%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E8%80%85%E9%80%A3%E5%90%88%E4%BC%9A-468925226602301/
黒岩さん講演資料:第1回 認知症地域支援体制推進全国合同セミナー 認知症介護研究・研修東京センターhttps://www.dcnet.gr.jp/pdf/kenkyu/th29_1st_goudousemi_07kirishima02.pdf
認知症介護研究・研修センターホームページ
霧島市版新型コロナウイルス対策:行政と地域密着型サービス霧島市連携モデルhttps://www.dcnet.gr.jp/pdf/covid-19/t_2020_covid-19_kirishimashirenkeimodel.pdf
株式会社浪漫ホームページhttp://www.yokaanbe.com/
霧島市地域包括ケア・ライフサポートワーカー(LSW)https://www.city-kirishima.jp/kou-shou/kosodate/koresha/sodan/machikado.html
インタビュー担当:堀田聰子 長嶺由衣子 金山峰之
記事担当:菅原かほる