対策の基本の徹底と施設看護師の関わりが理念に基づく柔軟な取組みを後押し
要約
社会福祉法人援助会聖ヨゼフの園では、新型コロナウイルス感染症の地域での蔓延に備えて、2020年2月に対策委員会を設立し、入居者の生活や面会などの各種ルールを定めたマニュアルを作成するとともに、環境整備を進めてきた。特に、アクションレベルまで落とし込んだマニュアルや施設看護師の関わりにより、感染対策の基本ルールを明確にし、職員が何をしていいのか分からないという場面を少なくすることで、各職員が自身の持ち場で創意工夫できる範囲が明らかになり、ケアの充実に向けた取組みを展開することができた。
例えば、ITツールを活用したオンライン面会を実施したり、感染症蔓延のレベルに応じて、できる範囲でイベントを開催したりと、コロナ禍でも「手札」をたくさん持ち、自粛一辺倒の対応ではない実践が生まれている。
また、感染症拡大という困難な状況においても、職員がモチベーションを維持しながら、主体的に行動できるチームづくりを促進することができた要因として、「理念に基づいた組織運営」「ITツールの活用」「プラスの言葉の掛け合い」が挙げられた。
- 介護施設
- 組織理念
- 現場からの提案型ケア
- 地域の感染状況に応じた対応
- ITツールの活用
詳細
インタビュー実施日:2020年1月29日
目次
- 介護施設管理者,
- 介護施設職員,
- 介護施設看護師,
- 介護団体関係者,
主任看護師真鍋哲子 さん
新型コロナウイルス感染症流行下における介護施設の実践について、社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園の看護師、真鍋哲子さんにお話を伺った。真鍋さんは、同法人の感染対策を指揮しながら、北九州高齢者福祉事業協会の看護部会長として、感染症対策マニュアル作成や、クラスターが発生した介護施設への職員応援派遣チームのシステム構築など、意欲的に取り組んでおられるプロフェッショナルである。
〝リスクがあるからやらない″では、利用者の楽しみや生きがいを奪うことになる
社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園は、特別養護老人ホームや養護老人ホームなどを運営している。同法人は、新型コロナウイルス感染症の地域での流行に備えて、2020年2月に理事長の指示で感染対策委員会(以下、委員会)を設置した。メンバーは経営クラスや主任クラスからなり、真鍋さんは看護師として医療的な視点から感染症対策全体をみており、養護老人ホームの施設長が委員長を務める。
周囲の施設では、面会やイベントを軒並み自粛し始めていた。しかし、「リスクがあるから何もやらない」では、入居者の楽しみや生きがいを奪ってしまうことに繋がる。真鍋さんは悩んだ末、「感染対策を徹底すれば、できることもあるはず」と考え、基本的な感染対策や職員の対応を定め、生活や面会などの各種ルールを定めたマニュアルを作成した。心掛けたことは、現場の職員のアクションレベルまで落とし込むということだ。このマニュアルは、現場のスタッフの思考のパラダイムシフトをもたらす。
感染対策マニュアルと看護師の関わりが、現場の〝どうすればできるか?″を後押し
現場の職員は、当時まだ得体の知れない、目に見えないウイルスを恐れていた。そして、感染しない、感染させてはならないという意識が強かった。しかし、このマニュアルと真鍋さんの関わりが、「〝リスクがあるから何もやらない″」から、感染を予防しながら「どうすればできるか?」に、職員の意識を変えていく。自粛モードの入居者の生活を充実させる工夫や、ご家族の不安を取り除く工夫を現場の職員が考えるようになった。このマニュアルが、現場の職員により良いケアの後押しをし、真鍋さんの関わりが、職員が入居者のQOL向上を軸としたケアを提供したいという気持ちを持つ職員たちの背中を押した。
感染対策のルールを明確に定め、現場の職員が「どうしたらいいのか分からない」という場面を生じさせない環境を整えられたこと、またそうすることによって、各職員が入居者の生活の質を向上するために工夫できる範囲が明確になり、創造的なケアの提供につながっていると真鍋さんは話す。
面会ができないなら、家族との接点を減らさないために何ができるか?
入居者は、罹患すれば重篤化の可能性が高い、高齢且つ基礎疾患を抱える方ばかりだ。緊急事態宣言下や、地域の感染流行期は、面会を制限せざるを得ない。しかし、真鍋さんをはじめとする同法人の職員は、こう考える。「面会ができないなら、入居者と家族との接点を減らさないために何ができるか?」
面会制限をせざるを得ない期間は、現場の職員が知恵をしぼり、ご家族への手紙や電話、オンライン面会など、たくさんの手段を準備した。「会えなくてもつながることができる」職員は皆、そう実感したという。ご家族への電話の回数を増やしたことにより、新型コロナウイルスが流行する前より、入居者と家族の気持ちがより近くなったというケースもある。また職員もそうした家族の気持ちがよく分かるようになった。
やっぱり家族の顔が見たいという 入居者には、ガラス越しで顔を見ながら電話で会話をするといった対応をとった。また看取り期にもLINEのビデオ通話で中継した。いよいよの時は、徹底した感染対策のもとご家族付き添いのもとで看取りができた。
緊急事態宣言の解除や、地域での感染者数が少なくなる等の局面が変わった際には、その都度、臨時の委員会を開催し、面会のルールを見直した。例えば、地域の感染者数が減ってくれば、対策を緩和し、感染対策を徹底した上で、距離をとっての面会を可能にした。このように、地域の感染状況に応じて、柔軟に且つ、さまざまな策を講じることで、入居者や家族の気持ちを尊重した対応に努めた。
入居者がやりたいことからクラブ活動を始動
養護老人ホームでは、新型コロナウイルス感染症の流行により、入居者の外出を自粛せざるを得なかった。そこで、職員は入居者と相談しながら考えた。そして、入居者がやってみたい活動として挙がった囲碁クラブと編み物クラブがまず始動している。このクラブ活動は、利用者の新たな楽しみの創造につながっている。感染対策を行った上で、入居者のしたいことをどのようにすれば実現できるか、職員が提案型で実践している。
イベントが中止になっても諦めない、代替案を皆で考える
園遊会という年に1度の大きなイベントが、感染蔓延期と重なってしまったことから中止せざるをえなかった。しかし、これは、入居者が地域の人たちや家族と過ごす貴重な機会がなくなってしまうことを意味する。入居者やその家族の多くがとてもがっかりしていた。
そこで、責任者と職員たちは考え、入所者の意見も集めた。「自分たちの作品や活動を皆さんに披露出来たら嬉しい」と言う意見も出て、それに賛同する利用者も多かった。
法人内で話し合いを重ね、地域の新規感染者数が少なくなったタイミングで、入居者が施設で取り組んでいる活動をお披露目する作品展を実施することにした。感染予防ルールをしっかり決めた上で、ご家族も来場可能とした。作品展の開催は、入居者、家族共に非常に喜ばれた。職員もやりがいを強く感じたという。
望まない救急搬送を回避するための取り組み
このコロナ禍で医療施設が逼迫していることもあり、普段より、本人や家族が望まない救急搬送は減らすことが求められる。そこで、望まない救急搬送をしないために、どのような取組みをしているかを真鍋さんに伺った。
社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園では、ご本人が最期を迎えるまでのプロセスにおいて、普段から以下のような取り組みを行っている。したがって、本人、家族の意向を把握できているため、急に心身の状態が悪化した場合等も、意向に沿った対応を行うことができているという。
しかし以前は、今のようにうまくいっていなかったことも。「4年前に私が聖ヨゼフの園に就任した頃は、家族間の気持ちの相違があったまま看取った事例がありました」と真鍋さんは言う。「本人が意向を表明できない状態で家族が本人の意思を推定しながら方針を決めるときも家族で意見が異なってまとまらないとか…」。この経験から、本人や家族の話によく耳を傾け、日々、意向や価値観を把握する取り組みを組織に根付かせる働きかけをしたり、本人の状態などを、機会を見つけてはその都度ご家族に伝え、家族も気持ちの準備をしてもらうような働きかけをするようにしている。
コロナ禍により特別に望まない救急搬送を減らす取り組みをしているということはなく、こうした普段通りの取り組みを粛々と続けていると真鍋さんは話す。新型コロナウイルスの流行前からもともとやってきている「本人・ご家族との対話」により合意形成が図られ、本人および家族の意向に沿ったかたちで、施設での看取りを行われることが多いという。
嘱託医との関わり方にも工夫がある。「なぜ嘱託医が不安なのかっていったら、施設がどんなことをしてるか、できるのかが分からないからなんですよね。」と真鍋さんは言う。そこで、施設としての可能な医療処置やルールを嘱託医と相談して決めた。そして今、施設での看取りを望む方に関しては、嘱託医と連携を取りながら、最期まで施設での生活を支えることができている。
スタッフのモチベーション向上、組織づくりの工夫
現場の最前線にいる職員がわいわいと議論を行い、意思決定していく組織づくりがなされていると真鍋さんは言う。スタッフがモチベーションを維持して主体的に行動し、みんなで議論したことを実現していくチームづくりを促進する要因を伺った。
理念に基づいた組織運営
まず真鍋さんが挙げたのは、法人の『理念』である。社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園では、『理念』を大切にしており、理念に基づいてスタッフへの教育が行われている。この理念が、すべてのスタッフの大きな行動規範になっており、例えば、理念に合わない行動等があったスタッフがいた場合は、トップや管理職も含めとことん話し合いを行い、理念に基づいて正していく。
「理念がこうだからこのようなアプローチにしよう」というように、議論を行う際もスタッフ共通の価値観として理念が共有されているからこそ、チームで連携しやすい組織づくりがなされていると真鍋さんは話す。
さらに、法人として調和をとることが大切にされており、「お互いの悪いところや良いところを出し合い、どのようにカバーし合えるか」といった、ざっくばらんな話し合いを行う等、スタッフ同士がオープンに気持ちを通わせる風土があるため、協力し合えるチームづくりができているという。
■経営理念
■基本方針
ITツールの活用
ITツールを導入したことも、モチベーションの向上・チームワークの形成に大きな役割を果たしているという。社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園では、Slackを介護職員のみならず、清掃を担当しする職員も含めすべての職員が使用し、職員間の意見交換や情報発信がタイムリーに行われている。
「コロナの時期で緊張はあるんですが、今のほうがより一層、皆さんITツールの活用を楽しんでるような気がします。」と真鍋さんは言う。例えば、理事長による発信がスタートしたり、施設で飼っている犬のチャンネルができたり、認知症ケアに関する動画をアップして共有したりと、情報共有ツールとして、また教育ツールとして、さらにコミュニケーションにより組織を一丸とするツールとしても機能しているという。
プラスの言葉の掛け合い
さいごに改めて、コロナ禍のような難しい状況でもモチベーションを下げず、同じ方向を向いて歩むためのコツを伺った。
「自分たちのモチベーション上げるのは自分たちで、声を掛け合うとか、励まし合うとか、ありがとうっていうプラスの言葉を言い合うことが大事」と真鍋さんは言う。新型コロナウイルス感染症の影響で、介護職員の負担は平時より増している。しかし、看護師や生活相談員も現場に集まって食事介助等を手伝ったり、励まし合ったり、また「ありがとう」や「ご苦労さま」等、気遣いの言葉をお互いに掛け合うようにしたことで、組織の雰囲気が良くなっていったという。「最初は意識的にしていたことも、当たり前にできるようになる。それって組織の成長ですよね」真鍋さんの言葉は明るかった。
取り組みを伺って
社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園では、新型コロナウイルス感染症に対しても、組織全体で同じ方向を向いて取り組まれている様子が伺えました。そして、何があっても、いつも立ち返ることができる「理念」を有する組織は、人を育て、質の高いケア提供を可能にするのだということを学ばせていただきました。
感染予防に関しても、「感染予防=生活の自粛や楽しみの抑制」という一辺倒の対応ではなく、感染蔓延のレベルに合わせて柔軟な対応をしている取り組みをされていることは、たいへん素晴らしいと思います。そして、なにより、「リスクがあるから何もできない」と諦めるのではなく、常に「どうすれば、入居者の想いを叶えらるか」「どうすれば、利用者の生活の質を高められるか」という視点でケアに当たっていらっしゃる、その姿勢を我々、医療・ケア職は見習いたいと思います。
■参考 社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園 ホームページhttp://www.st-joseph.or.jp/
■真鍋様ご提供資料 ・社会福祉法人援助会 聖ヨゼフの園 コロナ禍の取り組み
インタビュー担当:山岸暁美、金山峰之
記事担当:山岸暁美、飛川明俊